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書評 『匂いのエロティシズム』 鈴木 隆

129.jpg今から7~8年前、神保町の三省堂で1冊の新書本が目に留まりました。
丁度その頃、人間の五感ということを考えていて、視覚と聴覚は言語と密接に関連しており論理的思考の元になっていますが、論理的ではない感覚的な判断は嗅覚によるものではないかと密かに思っていました。
初対面の人をなんとなく好きとか嫌いとか判断することや、初めて行った土地がなんか好きとか嫌いとか、論理的に説明できない判断は、自分がその人やその土地の「匂い」を好きか嫌いかと判断しているのではないかと思っていたのです。
そんな時に目にしたのがこの本でした。

現代は、都市の中から徹底的に自然が排除されつつある時代です。
土はアスファルトで固められ、虫はいなくなり、死は日常から遠ざけられ、抗菌・除菌・消臭グッズが大量に売られています。
「匂い」は排除されつつある「自然」に属する部分であり、教育分野であまり論じられたりはしないのですが、本書はそんな匂いの問題を、「性」という分野に限定して学術的に検証した本です。
「匂いの読み取り装置としての脳」といった脳科学分野の話から、下着フェチといった心理学・社会学分野の話まで、匂いと性の関係性を縦横無尽に論じています。
学術的で専門用語が多いので、あまり気軽に読める本ではないのですが、「なぜ人間はパンツをはいたのか」という、80年代のニューアカ的な問いに対し、『性を言語化・物語化するための嗅覚情報の遮断』という仮説を立てています。
どちらかというと『本能が壊れ、自然の生殖が不可能になったために性を物語化する必要があった』という仮説が主流だと思うのですが、『匂いの遮断』ということであれば、本能が壊れたために物語化したのではなく、性を物語化し統制するために本能的なものを壊した、あるいは隠したということになります。
証明できる問題ではありませんが、これはなかなか面白い仮説で、一理あるなと思ってしまいました。

先日テレビで「ニューヨーク一人旅」みたいな番組をやっていて、以前自分がニューヨークへ行った時のことを思い出して懐かしい気持ちで見ていたのですが、「これ、匂いも伝えることができたらすごくリアルだろうな」と思ってしまいました。
港町の映像の時は潮の匂い、山の中の田舎の時は木々の匂い、農場の時は牛の糞尿の匂い、そしてニューヨークの時はごみ箱の残飯の匂い。
将来的に立体映像なんかが出来てそれが匂い付きだったら、現実とバーチャルの区別がつかなくなってしまうのでしょうか。
あ、でも『トータルリコール』とか『マトリックス』みたいに脳に直接電気信号を送れば、現実とかバーチャルとかの問題じゃないのでしょうね。

そういえば、このブログの最初に出てくる田山花袋の『蒲団』って、破門にした弟子の女の子が使っていた蒲団に顔をうずめて彼女の残り香を嗅ぐ中年男の話でした。

そんな感じで、「匂い」の問題をいろいろ考えさせてくれる1冊であります。




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  1. 2015/01/26(月) 00:53:13|
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