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書評 『ランボー詩集』 アルチュール・ランボー

26.jpgどのような経過でこの本を手に取ったのか、今となっては全く記憶にありません。
しかし私は大学時代にこのランボーの詩集に出会い、その当時迷走し混沌としていた私の心を一掃するかのようなその衝撃的な内容に、一瞬にして心を奪われてしまったことを思い出します。
詩集などほとんど読んだことがなく、詩に対する興味など全く持っていなかったのに。
大学時代、いつも感じていた漠然とした心の闇。
私は不安定な精神状態から逃れようとして、哲学、心理学、精神分析、現代思想、精神世界などあらゆる分野の書物を読み、もがき苦しんでいました。
しかしその根本の原因は、今考えると何のことはない、ある女性への恋心だったのです。
日増しに膨らんでいく彼女への想い。
彼女に対する幻想が膨らめば膨らむほど、実在の彼女との乖離が激しくなっていきます。
やがて自分の中で、幻想の彼女と実在の彼女との逆転現象が起こり、そしてそれは実在の彼女への攻撃へと変化していきました。
私はどれだけ彼女を傷つけたか、今思い出すと彼女のことが可哀想で涙が出てくるほどです。
そんなこともあって、ひとり自閉的に書物の世界に閉じこもっていた私。
そんな自分に、幻想の彼女と現実の彼女の混同が全ての間違いの始まりであることを気づかせてくれたのがこの詩集でした。

ランボーの詩は、美しい情景、母への愛、女性への思い、奏でる音楽、人々の営みなど様々なものが美しい言葉でストレートに表現されており、目の前に情景が浮かんでくるようです。
特に女性に対する愛のささやきなどは、彼女への思いが心の底から溢れてきて、ほとんど盲目的に女性を信奉しているかのような表現なのですが、それと同時にそんな盲目的な表現をささやく男性を冷静に見ている視点を感じます。
男性の女性に対する妄想のバカさ加減に否応なく気付かされてしまうのです。

私がこの詩集で一番衝撃を受けたのは 『何がニナを引止める』 です。
彼氏が彼女に愛の言葉をささやき、手をつなごう、キスをしよう、野原に行こう、森の奥の村で暮らそう、そこには年老いた母がいて、かわいい子供が二人いて、毎日子どもを抱きしめて、ライラックに囲まれた小さな家で幸せに暮らそう、これほどキミが好きだから、きっと楽しいよ、幸せにするよ、などという言葉が延々と8ページ以上にも渡って熱く語られます。
しかし、そんな彼の熱い言葉に対する彼女の返事は、たった一言。
「だって会社はどうするの?」
これを初めて読んだ時、思わず笑ってしまいました。
幻想の世界のトリップする男を一瞬にして凍りつかせ、目醒めさせ、現実に引き戻すこの女性の一言は、黄金に彩られた男のロマンチシズムをブリキ細工に変えてしまうほどの力を持っているのです。

新潮文庫版は翻訳者が堀口大學という方なのですが、彼の日本語のチョイスは絶妙ですね。
他の詩を見ても、なかなかユーモアのセンスがある方のように思います。
文語体と日常用語を巧みに織り交ぜることで、言葉の深さの中に軽さや浮かれ気分が感じられるのです。

今回あらためて読み返して思ったのですが、これらのランボーの詩に曲をつけたら筋肉少女帯っぽくなるんじゃないかなぁ、なんて思ったりして・・・



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  1. 2011/10/22(土) 16:27:02|
  2. 書評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

今投稿したのですが、反映されてません。あれはなんだったのでしょうか?
心の闇。いまだ抱えてます。学生のとき、ひどくそれを感じ、哲学やら心理学やら宗教学など学びましたが、結果ひどくなる一方で病院にまで通う始末。いまだ心の闇はかかえてます。
ランボーはアルコール中毒でなくなったのではなかったですか?
  1. URL |
  2. 2011/10/22(土) 18:49:44 |
  3. リリー・スー #-
  4. [ 編集 ]

アル中ランボー

毎度コメントありがとうございます。
コメント投稿の件ですが、実は、拍手ボタンのコメントはこちらのコメントに反映されない設定になっているのです。(拍手コメントは私のメールに送られてきます。)
何度も入力していただいて申し訳ありません。

心の闇を抱えて生きるのはツライですよね。
経験上、思いつめると逆に悪化していきますね。なんとか騙し騙しやっていくしかないのでしょうか。

アルコール中毒のランボー・・・・アル中ランボーですね。なんてね。

本の解説を調べてみたら、膝関節滑液膜炎で片足切断後、ガンが全身に転移して亡くなったようです。
16歳でデビューして、19歳の時に精神的疾患で筆を折って以来、37歳で死ぬまで二度と詩は書かなかったようですね。


  1. URL |
  2. 2011/10/22(土) 21:12:43 |
  3. ヤマメ #m3ZOdJy6
  4. [ 編集 ]

心の闇に存在していたのは、ある女性への恋心ですか・・・。なるほど。怖いくらい冷静な自己分析ですね。

ランボー詩集は高校時代に読みました。意味をきちんと理解することはできませんでしたね。さまざまな含蓄を秘めた詩集を、自分は読んだ。ただその満足感を得ることが目的だった気がします。

家を出て一人暮らしをはじめる時、ほとんどの本を捨てました。だからランボー詩集は手元にはありません。
時を経てもう一度見てみたい、と思うこともたまにあるので、本はむやみに捨てるものではありませんね。
しかし、たまに整理しないと場所が(笑)
  1. URL |
  2. 2011/10/23(日) 15:31:12 |
  3. クマコー #-
  4. [ 編集 ]

蔵書

毎度どうも。
私も、このブログやっていなきゃ読み返しはしませんでしたね。
そのうち殆どの本が、パソコン開けば無料でどこかのデータベースで見られる日が来ると思いますよ。
蔵書を持つのは紙フェチ・本フェチの人だけになります。
きっと。
  1. URL |
  2. 2011/10/23(日) 19:27:30 |
  3. ヤマメ #m3ZOdJy6
  4. [ 編集 ]

「光あるところ 影がある」って、忍者サスケの出だしのナレーションにあったよね。
ヤマメの言うとおり、人生だましだましだと、私も思うな。
もし光を求めなければ、影はないかもしれないけど、それって生きてる意味ないもんね。
そして、影を影として手探りすれば、文学や芸術だのは身近に寄ってくる気がするし、それを暗闇にまさぐれば、そこから文学やら芸術やらが創造される気がします。
そいでランボーね。
これまたドラマチックに出くわしたわけだ。
しかしランボーについては、人生のなにか(青春期に特有の)一大事の際にでも出会わないと、一介の「早熟な天才詩人」以上に肉薄してくる存在にはならないのではないだろうか。
私は詩は好きだけど、国産派だったので、ランボーとはそんなガツンとした出会いはなかったな。
「永遠」だったっけ、あの詩はいろんなところで象徴的に扱われ目にしていたけど、そのせいか、私は勝手にカミュと同類親類に区分しているといったところかな。
ついでながら、堀口大学はいいね。
たとえば短いけど好きな詩にこんなのがあります。
「この心の哀れさ
 この魂の貧しさ
 私の口の中は
 私の味(あぢはひ)で苦い」
なにごとも出会うタイミングだろうけど、私にとっては、こんな感じの方が心に近いかな。
  1. URL |
  2. 2011/10/24(月) 13:54:28 |
  3. 藤伸一 #-
  4. [ 編集 ]

堀口大學

藤さん、コメントどうも。

「この心の哀れさ
 この魂の貧しさ
 私の口の中は
 私の味(あぢはひ)で苦い」

↑この詩はいいですね。
今の自分なら、ランボーよりもこの詩の方が体に沁み込んできますね。
これは堀口大學の詩ですか。スバラシイです。
  1. URL |
  2. 2011/10/24(月) 14:24:19 |
  3. ヤマメ #m3ZOdJy6
  4. [ 編集 ]

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